建造物侵入罪で逮捕され罰金刑に処せられた人が、ツイッター上に残っている当該事件の報道記事のツイートを削除するよう求めていた訴訟で、最高裁が判断基準を示した上で、削除を命じたという注目すべき判決が出ています(最判令和4年6月24日裁判所ウェブサイト) 。
1 最高裁判決による事実関係
(1)原告(上告人)が平成24年に旅館の女性浴場の脱衣所に侵入したという容疑で逮捕され、罰金刑に処せられる。
(2)上記(1)について、報道機関による報道がなされ、この記事がツイッターの複数のアカウントでツイートされる。1つのツイートを除いて、報道記事へのリンクが貼られていた。
(3)ツイートに転載された報道記事は、現時点ではすでに削除されている。
(4)原告(上告人)は、現在親族が営む事業の手伝いをして生活しており、逮捕の数年後に結婚しているが、配偶者には上記(1)の事件は伝えていない。
(5)ツイッターの検索機能を使って、氏名を検索すると、上記(2)のツイートが出てくる状況。
2 最高裁の判示
(1)個人のプライバシーに属する事実をみだりに公表されない利益は、法的保護 の対象となるというべきであり、このような人格的価値を侵害された者は、人格権 に基づき、加害者に対し、現に行われている侵害行為を排除し、又は将来生ずべき 侵害を予防するため、侵害行為の差止めを求めることができるものと解される。
(2)人格権に基づき、本件各ツイートの削除を求めることができるか否かは、本件事実の性質及び内容、本件各ツイートによ って本件事実が伝達される範囲と上告人が被る具体的被害の程度、上告人の社会的 地位や影響力、本件各ツイートの目的や意義、本件各ツイートがされた時の社会的 状況とその後の変化など、上告人の本件事実を公表されない法的利益と本件各ツイ ートを一般の閲覧に供し続ける理由に関する諸事情を比較衡量して判断すべきもので、その結果、上告人の本件事実を公表されない法的利益が本件各ツイートを一般の閲覧に供し続ける理由に優越する場合には、本件各ツイートの削除を求めること ができるものと解するのが相当である。
(3)原審は、上告人が被上告人に対して本件各ツイートの削除を求めることができるのは、上告人の本件事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合に限られるとするが、被上告人がツイッターの 利用者に提供しているサービスの内容やツイッターの利用の実態等を考慮しても、 そのように解することはできない。(高裁の判断基準を否定)
(4)本件事実は、他人にみだりに知られたくない上告人のプライバシーに属する事実である。
他方で、本件事実は、不特定多数の者が利用する場所において行われた軽微とはいえない犯罪事実に関するものとして、本件各ツイートがされた時点においては、公共の利害に関する事実であったといえる。
(5)しかし、上告人の逮捕から原審の口頭弁論終結時まで約8年が経過し、上告人が受けた刑の言渡しはその効力を失っており、本件各ツイートに転載された報道記事も既に削除されていることなどからすれば、本件事実の公共の利害との関わりの程度は小さくなってきている。
(6)本件各ツイートは、上告人の逮捕当日にされたものであり、140文字という字数制限の下で、上記報道記事の一部を転載して 本件事実を摘示したものであって、ツイッターの利用者に対して本件事実を速報す ることを目的としてされたものとうかがわれ、長期間にわたって閲覧され続けるこ とを想定してされたものであるとは認め難い。
さらに、膨大な数に上るツイートの中で本件各ツイートが特に注目を集めているといった事情はうかがわれないものの、上告人の氏名を条件としてツイートを検索すると検索結果として本件各ツイー トが表示されるのであるから、本件事実を知らない上告人と面識のある者に本件事 実が伝達される可能性が小さいとはいえない。
(7)上告人は、その父が営む事業の手伝いをするなどして生活している者であり、公的立場にある者ではない。
(8)以上の諸事情に照らすと、上告人の本件事実を公表されない法的利益が本件各ツイートを一般の閲覧に供し続ける理由に優越するものと認めるのが相当である。
上告人は、被上告人に対し、本件各ツイートの削除を求めることができる。
3 原審判断が、「本件事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合」と削除に高いハードルを課したのに対し、最高裁は、「本件事実を公表されない法的利益と本件各ツイ ートを一般の閲覧に供し続ける理由に関する諸事情を比較衡量して判断すべきもの で、その結果、上告人の本件事実を公表されない法的利益が本件各ツイートを一般 の閲覧に供し続ける理由に優越する場合」と緩やかに解した判断基準を明示したことに大きな意義があります。
また、事例判断としても、どのような要素があれば削除を命じられるかという点で重要な判断例となります。
ただし、判旨のとおり、「ツイッター」というメディアの特性を踏まえた判断であるため、異なるSNSやインターネットの記事一般に直ちに当てはまる判例ではないともいえます。
結論的にも、妥当な判断といえると思います。
(一由)