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不帰の嶮を越える その2 天狗山荘 ~ 天狗の大下り ~ 不帰の嶮 ~ 唐松岳

良く眠れた。9時間も寝たから疲れは取れた。今日も天気は良い。上信越の山並みから朝日が昇った。北の白馬鑓ヶ岳の白い山肌がまぶしい。

 時間を早めてもらった朝食を食べて、午前6時すぎにほぼ予定どおり出発した。天狗の頭を越えて稜線を小1時間歩く。天狗の大下りだ。ヘルメットを装着した。標高差400メートルを一気に下る。最底鞍部の不帰のキレットに着く。ここから不帰の嶮に取り付く。
 私は、こう言っては何だが、岩には割と自身がある。所属している山の会が毎年善光寺裏のゲレンデ物見の岩で講習を開いてくれる。

初めの頃は転落の恐怖心が強くて岩壁にしがみついてしまう。これでは身の動きが取れない。身を動かすには岩の状態が見えないとだめだ。2つの手と2つの足を使ってホールドしながら動かないと登撃することはできない。そのためには壁から上体を離し、ホールドを見付けなくてはならない。壁が見えてホールドの位置が分かると安心できる。落ち着くと工夫が生まれる。物事から離れて客観的に全体を見て情報を得ることが重要である。

 一峰は特に問題なく登る。下ったコルで先に到着していたおばちゃん2人がこれから二峰北峰に挑もうとしている。ハーネスを装着したロッククライミングのフル装備姿であるが、動作がモタモタしている。
 この後方を行くのは切ない。声を掛けて横をすり抜けさせてもらう。何年か前、槍ヶ岳と北穂高岳を結ぶ大キレットという一級の難ルートをやったことがあった。このときはさすがに山の会の会員を誘って2人だった。切り立った稜線の岩場を行くと、対面から2人の若い女性が来る。顔はひきつって青い。

「こんにちは」と挨拶しても声が返ってこない。「そこはまっすぐ行っても行き止まりになる。下へ回らないとダメ」というと初めて「そうですか」と声が出た。
一目で経験の少ない事前の情報を把握しないで来ているということが分かった。転落事故のよくあるコースなので心配したが、新聞記事にならなかったところを見ると無事縦走したようだ。こういう登山者でも難コース、しかも逆からのより難しいコースを事故なくやってしまうことはよくある。その状況の中で必死になると切り抜けられることがある。 逆に、経験と知識があって慢心したときの方が事故は起こりやすい。

さて、二峰北峰は垂直に壁を伝わり、反対側にトラバースし、もう1回トラバースしてというように手応えのある岩場であった。
 二峰南峰に着く。不帰のキレットから約2時間かかった。ゆっくり休む。三峰を巻くとその向こうのピークに多勢の人がいる。最後の上りからヒョイとピークに出ると唐松岳山頂だった。あれというほどあっけなかった。多勢の人たちは八方尾根からの登山者たちだった。山頂も小屋の前も人で大にぎわいだ。ほうほの体で八方尾根を下った。
 帰途の日帰り温泉で長年の課題を終えた達成感に浸った。

今回の山旅で山に教わった人生訓

1 目標を定めたら、その目標に近付く。迷いが生じてもひたすら近付く。目標が大きすぎたり遠すぎることは自然と分かる。その時点で修正して止めればよい。それまでの歩みは絶対無駄にならない。

2 辛くなったときは、ゆっくり前へ足を出す。必ず着くか、着かなくても限界が分かって納得する。辛い状況を解消するために工夫をする。歩くという最も基本的な動作さえ、自分に合った工夫をすることで格段に改善される。

3 行き詰まったときは、少し離れて全体を見ると活路が開ける。あとは基本に忠実にその活路をたどる。

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