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判決解説~賃料減額等請求事件について~
今回も、連続投稿とは別に、直近である先月下旬(2024年6月24日)に出された最高裁判決について、解説いたします。
あまり耳目を集めない判決ですが、生活に影響を及ぼす場合もありますので、是非最後までご覧ください。
1 それでは解説・・・その前に
“判例”というワードをご存知でしょうか?ここでは、“判例”“判決”“裁判例”といったものの違いを解説します。
(1)判決とは?
原則として口頭弁論に基づいて裁判所が行う裁判で、民事事件だと文書(判決書)に基づき言い渡すもの、刑事事件だと公判廷で宣告するものになります。
要約すると、裁判所が口頭弁論を開いた上で行う判断を示したものになります。
※ 上記のとおり民事事件と刑事事件では若干異なり、民事では文書である判決書が、刑事だと公判廷での宣告が大切になります。
(2)判例・裁判例とは?
裁判の先例を指します。
判例法主義(個々の判決の積み重ねが法として機能する立場)の国であるグレートブリテン及び北アイルランド連合王国(通称英国)では、法的拘束力がありますが、日本などの成文法を中心とする国では、事実上の拘束力を有するにとどまります。
ただし、最高裁判所が判例を変更する場合や下級裁判所が上級裁判所の判例に違反した場合に特別な手続きがあるので、その拘束力は大きいものであるといえます。
この拘束力の点から、最高裁判所の判断を“判例”、それ以外の裁判所の判断を“裁判例”と呼ぶこともあります。
(3)以上のことから、概ね、最高裁判所の判決=判例となりますが、その他の裁判所の判決の場合、判決と判例がイコールでない場合もあるので、用語は注意して使用しましょう!
2 事案の概要
前置きが長くなりましたが、今回解説を行う
について、事案の概要から説明します。
この裁判は、以下の当事者間の争いになっています。
・上告人(最高裁判所に判断を求めたもの)
被上告人から建物の一室を借りて生活している者
・被上告人(上告人に訴えられたもの)
地方住宅供給公社(地方公社)
被上告人が上告人に対して賃料増額の通知をし、当初の賃料よりも2~3万円近く増額させたところ、上告人が、被上告人に対し、適正賃料を超える増加分は無効であり、過払い家賃の返還を求めた事案です。
3 裁判所の判断
(1)原審(東京高等裁判所)の判断
原審では、地方公社は地方住宅供給公社法施行規則(以下「公社規則」といいます。)16条2項に基づき、公社が賃貸する住宅の家賃を決められること、この定めが借地借家法32条1項に対する特別な定めなので借地借家法の適用がないと判断し、上告人の請求を棄却しました。
☆ 公社規則16条2項
「地方公社は、賃貸住宅の家賃を変更しようとする場合においては、近傍同種の住宅の家賃、変更前の家賃、経済事情の変動等を総合的に勘案して定めるものとする。この場合において、変更後の家賃は、近傍同種の住宅の家賃を上回らないように定めるものとする。」
☆ 借地借家法32条1項
「建物の借賃が、土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により、
土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、又は近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったときは、契約の条件にかかわらず、当事者は、将来に向かって建物の借賃の額の増減を請求することができる。ただし、一定の期間建物の借賃を増額しない旨の特約がある場合には、その定めに従う。」
⇒「請求することができる」と書いているとおり、借主に請求し、借主と合意しなければ、借地借家法上は原則賃料の値上げを行うことができません。
☆ つまり・・・
原審(東京高裁)は、「借主との合意がないと賃料の値上げを行えない」とする借地借家法32条1項は、公社が賃貸する住宅には適用されず、地方公社は、規則16条2項に基づき、一方的に家賃を変更できると判断しました。
(2)最高裁の判断
最高裁は、原審の判断を否定し、その理由として以下の点を挙げています。
① 地方公社と賃借人との関係は、私法上の賃貸借関係であり、法令に特別の定めが無い限り、借地借家法が適用されること。
② 地方住宅供給公社法(以下「公社法」といいます。)の構造上、規則16条2項は、公社法24条の委任を受けて定められたものであり、同条の解釈により、借地借家法の適用の有無が判断されること。
上記①・②を前提とした上で、
③ 公社法22条、24条の文言、地方公社の目的(公社法1条、2条、21条1項、3項等)に照らせば、「公社法24条の趣旨は、地方公社の公共的な性格に鑑み、地方公社が住宅の賃貸等に関する業務を行う上での規律として、他の法令に特に定められた基準に加え、補完的、加重的な基準に従うべきものとし、これが業務の内容に応じた専門的、技術的事項にわたることから、その内容を国土交通省令に委ねることにあると解される。そうすると、当該省令において、公社住宅の使用関係について、私法上の権利義務関係の変動を規律する借地借家法32条1項の適用を排除し、地方公社に対し、同項所定の賃料増減請求権とは別の家賃の変更に係る形成権を付与する旨の定めをすることが、公社法24条の委任の範囲に含まれるとは解されない。また、公社規則16条2項の上記文言からしても、同項は、地方公社が公社住宅の家賃を変更し得る場合において、他の法令による基準のほかに従うべき補完的、加重的な基準を示したものにすぎず、公社住宅の家賃について借地借家法32条1項の適用を排除し、地方公社に対して上記形成権を付与した規定ではないというべきである。このほかに、公社住宅の家賃について借地借家法32条1項の適用が排除されると解すべき法令上の根拠はない。」と判断しました。
その上で、
④「公社住宅の使用関係については、借地借家法32条1項の適用があると解するのが相当である。」旨、結論を示しました。
☆ 公社法24条
「地方公社は、住宅の建設、賃貸その他の管理及び譲渡、宅地の造成、賃貸その他の管理及び譲渡並びに第二十一条第三項第三号及び第五号の施設の建設、賃貸その他の管理及び譲渡を行なうときは、他の法令により特に定められた基準がある場合においてその基準に従うほか、国土交通省令で定める基準に従つて行なわなければならない。」
4 解説
本判決は地方公社との賃貸借関係においても借地借家法32条1項の適用があることを示した点で意義を有する判決になります。
従前、私人間では、借地借家法が適用され、一方的に貸主が賃料を値上げすることはできませんでした(合意できない場合、裁判をする必要がありました)。他方、公社住宅に関しては、規則16条2項という特別な定めがあるため、原審のような、一方的な賃料変更が可能であるという考えも成り立つ状態でした。
しかし、本判決は、規則16条2項に関して一方的な賃料増額を可能とする権利を付与したものではなく、あくまでも補完的・加重的な基準であり、他の法令(借地借家法)の適用を排除したものではない旨判示しました。
これにより、地方公社からの賃貸借であっても一方的に家賃が変更されるものではないことが示されました。
5 今回の判決は、地方公社からの賃借人だけでなく、地方公社の人にも大変参考になる判決であるといえます。
長野第一法律事務所では、最新の情報に常に対応しつつ、事件処理や法律相談を受け付けています。
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