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労災認定に対して、事業主が訴訟でその処分の適法性を争うことができるか(最判令和6年7月4日・否定)

1 労働者ないしはその遺族等が、労基署に労災申請をして労災認定がなされた際に、「労災を認定するのはおかしい」と事業主側がその取り消しを求めて裁判で争うことができるのかどうかは、これを肯定する東京高等裁判所の判断がでており、議論を呼んでいました。

2 問題の所在

 この問題の背景には、

 (1)事業主は、自分の使用していた労働者について労災認定されると、労災保険料の額が上がってしまうことがあるなど不利益があるので、労基署の労災認定を争いたい

  という点がまずあります。

  この制度を「メリット制」と呼んでおり、厚労省の解説を引用すると以下の通りです。

 労災保険率は、災害のリスクに応じて、事業の種類ごとに定められています。しかし、事業の種類が同じでも、作業工程、機械設備、作業環境、事業主の皆様の災害防止努力の違いにより、個々の事業場の災害率には差が生じます。
そこで、労災保険制度では、事業主の皆様の保険料負担の公平性の確保と、労働災害防止努力の一層の促進を目的として、その事業場の労働災害の多寡に応じて、一定の範囲内(基本:±40%、例外:±35%、±30%)で労災保険率または労災保険料額を増減させる制度(メリット制)を設けています。 

  このような不利益を受ける可能性があるので、事業主には労災認定を否定して争うための法的な利益があるので、労災認定という行政処分の取り消しを求めて裁判で争う資格(原告適格)があるとの主張が一部の事業主から主張されていました。

 (2)(本音?)

   他方で、事業主側の隠れた本音として、労災認定が認められてしまうと、①その後に、労働者や遺族から損害賠償請求の請求をなされるおそれが高くなり、事業主にとってダメージとなる、②その他の従業員の士気や社会的な評判に悪影響が及ぶ、いったデメリットがあるため、いったん認定された労災認定を取り消してほしいという動機がこの問題の背景にはあると考えられます。

   わたし個人の考えとしては、(1)のメリット制は建前であって、むしろ(2)のほうが実際のところではないかと考えています。

 

 このような事業主の主張については、厚労省としては認めておらず、労災認定という行政処分については労働者やその遺族には裁判で争う資格が認められるが、事業主にはその資格はないという見解でした。

 

3 東京高裁判決

  しかしながら、東京高等裁判所が、上記のような事業主の主張を認める判断をしたために、このままその判決が確定して先例として残ってしまうと、労災認定されたくない事業主側が、いったんなされた労災認定をことごとく争って、被災労働者の迅速な救済を妨げる懸念があることが強く指摘されていました。

  その意味で、今回の最高裁判決は、労災(過労死、過労自殺)問題に詳しい弁護士の間では、かなり注目されていた事件でした。

4 最高裁判決の判旨

  最高裁判決は、東京高等裁判所の判決を正面から否定し、事業主側には原告適格はない(=事業主が労災認定の行政処分を争うことはできない)と判断しました。

  行政事件訴訟法9条1項にいう処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうところ、本件においては、特定事業についてされた労災支給処分に基づく労災保険給付の額が当然に当該特定事業の事業主の納付すべき労働保険料の額の決定に影響を及ぼすこととなるか否かが問題となる。 

   被災労働者等の迅速かつ公正な保護という労災保険の目的(1条参照)に照らし、労災保険給付に係る多数の法律関係を早期に確定するとともに、専門の不服審査機関による特別の不服申立ての制度を用意すること(38条1項)によって、被災労働者等の権利利益の実効的な救済を図る趣旨に出たものであって、特定事業の事業主の納付すべき労働保険料の額を決定する際の基礎となる法律関係まで早期に確定しようとするものとは解されない。仮に、労災支給処分によって上記法律関係まで確定されるとすれば、当該特定事業の事業主にはこれを争う機会が与えられるべきものと解されるが、それでは、労災保険給付に係る法律関係を早期に確定するといった労災保険法の趣旨が損なわれることとなる。

  労働保険料の徴収等に関する制度の仕組みにも照らせば、労働保険料の額は、申告又は保険料認定処分の時に決定することができれば足り、労災支給処分によってその基礎となる法律関係を確定しておくべき必要性は見いだし難い。 

 

   特定事業について支給された労災保険給付のうち客観的に支給要件を満たさないものの額は、当該特定事業の事業主の納付すべき労働保険料の額を決定する際の基礎とはならないものと解するのが相当である。そうすると、特定事業についてされた労災支給処分に基づく労災保険給付の額が当然に上記の決定に影響を及ぼすものではないから、特定事業の事業主は、その特定事業についてされた労災支給処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者に当たるということはできない。
したがって、特定事業の事業主は、上記労災支給処分の取消訴訟の原告適格を有しないというべきである。 

 

  要するに最高裁判決は、①労働保険料の問題は労働保険料の決定の問題として別途事業主側が争うことができるのであるから、そちらでやりなさい、②労災認定処分の当否を争うという形で事業主がいったん出た労災認定をくつがえそうとすることは認めません、という判断です。

 

  バランスのとれた判決であるとおもいます。

  この最高裁判決によって、いったんなされた労災認定が事業主側の不服申し立てでくつがえることは制度としてあり得ないこととなりました。

  不当な東京高等裁判所の判決を確定させず、上告して争った国(厚労省)も労災保険法の趣旨を踏まえて適切に対応した事案であるとおもいます。

 

  労災(過労死・過労自殺その他)の認定申請については、長野第一法律事務所にご相談ください。

  労災申請についてのご案内は、こちらをご覧ください。

 

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